形のないものを愛でるのが好きだった。
たわいもないものを愛するのが好きだった。
それらに執着することでむりやり現実から逃げていた。
他者にとって何の価値もないもの、幾らでも代わりのあるもの。
それらならば心を傾けても壊されることも奪われることもないと、幼心に理解していた。
空を眺めていたら暗い部屋に閉じ込められた。
花が綺麗だと笑ったら、目の前で全部散らされた。
それでも、心の中に写し取ったものまでは消せない。
消させやしないと頑なに心を閉ざして少年期を過ごした。
人は皆、オレのことを無邪気な子供でありやんちゃな子供だ評した。
裏表のない、みたままの素直な子供だと。
大人たちの目はいったい何を見ているのだろう。
自分達だって子供だった頃があったろうに、どうして幼い生き物は
天使のように純粋だなどと無邪気に信じられるのだろうか。
気まぐれに手渡された剣を握り、頭の中に響いた誘惑の声に頷いた。
教えられるままに両手でそれを捧げもち、力ある言葉を唱える。
「光よ!」
光という言葉は明るいもの、眩いもの、照らすものを指し示す言葉だろうに、
どうしてこいつはこんなに黒くて暗いのだろう。
握った柄から流れ込んでくるのは、昔ぶち込まれた地下牢の闇にも似た色彩のイメージだけだ。
ぽろりと外れ落ちる刀身と、刃の抜けた穴から溢れる白い光。
そいつは見る間に長剣の形をとり。
「・・・いけ」
呟きと同時に、目の前の壁を大きく斜めに切り裂いた。
周囲から押し寄せるどよめきと悲鳴と歓声。
オレを取り囲みもみくちゃにする大人たちの手から感じるのは、伝わってくるのは、
黒々と渦巻くような汚い感情ばかりで反吐がでる。
「・・・・・ごめん、なさい。壊しちゃった」
しおしおと大げさに項垂れて見せれば、口々に賞賛と慰めの言葉がかけられる。
この家では力こそが全て。
こいつを発動させることができる=こいつの主人となるものが一族全てを統べる存在とみなされる。
「これ、オレが触るのはまだ早いってさ」
あからさまに顔を歪めている兄の手に、力の象徴たる家宝を握らせて
オレは無害だよ、なにもわからない愚かな弟だよと笑ってみせる。
あなたの敵ではないよと、表明してみせる。
「あ、ああ。そうだ、な」
内心苦々しい思いでいっぱいなのだろう。
苦虫を噛み潰したような顔で剣を受け取った兄は、それを発動させることもせず
それを父の手に渡すと修行があるからと足早に部屋を出て行ってしまう。
「オレも行ってくる!」
見えなくなった背中を追いかけるフリをして、無邪気な子供のフリをして、茶番劇の舞台から退場する。
わかっているよ、知ってるよ。
もう少しだけしかこんな風にはいられないこと。
避けられない激突の時がきたなら、オレは。
ああ、大人たちが望むように無邪気なままでいられたなら、
オレ達はどんなに幸せだっただろう。
この世でたった二人の兄弟なのにちっとも心を許せやしないじゃないか。
「ガウリイ! 日が落ちる前に帰ってくるんだよ!」
どうしてオレにだけいう?
兄貴には言ってやらないのかよ。
頷きで隠したいらだちとむかつきを腹の中にしまいこんで、木剣を手に野原へと駆け出した。
輝く草花、鮮烈な空気。
そして綺麗な空の色。
どこにでもあって誰にも奪われない、オレの宝物。
遠い未来にたった一人の彼女と出会うまで、それらだけが大切なものだったんだ。